僕がギターを始めたきっかけ。

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今回は僕の趣味の一つであるギターについての話をしようかと思います。

ギターをやったことがない人にもなるべくわかりやすく書くつもりなのでよろしくおねがいします。

ギターとの出会い

僕が初めてギターに興味を持ったのは中学一年生のときです。

小学生の頃から野球部で中学でも野球部だった僕がなぜギターに興味を持ったのか???

それは中学一年生だったある日、テレビでギターの音がとてもカッコいい曲が流れていました。僕は名前も知らないその曲がすごく気になりました。

そして曲名が気になった僕は親に聞いてみました。しかし親も曲名がわからなかったので次の日当時すでにギターをやっていた友人に聞きました。

するとその友人は「この曲はジミ・ヘンドリックスのパープルヘイズだよ」と教えてくれたのです。その瞬間僕はジミ・ヘンドリックスのことをもっと知りたくなりました。そして自分もこんな風にギターを弾きたい。と思ったのです。パープルヘイズはおそらくみなさんも一度は聴いたことがあると思います。こんな曲です。

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この曲を初めて聴いた時の衝撃は今でも忘れられません。

そして友人に曲名を教えてもらったその日に親にギターを買ってとせがみました。しかし最初は断られてしまいました。「どうせ続かないでしょ」と。

しかし諦めきれなかった僕は毎日毎日頼み続けました。その間我慢できなかった僕はテッシュの空き箱と輪ゴムを使って自作のギターもどきを作ったりもしました。中学一年生が作ったおもちゃなのでひどい出来でしたが毎日それをかき鳴らしていました。

気分はロックンロールでした。

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そうして一ヶ月ほど経った頃僕の部活が休みだった日に親が出かけるぞと言って僕を車に乗せました。どこに連れて行かれるかもわからないまま車に乗っていると着いたと言って降ろされました。

そこは楽器屋でした。まるで夢のようでした。そして親は僕にその楽器屋にある中で一番安かったアコースティックギターを買ってくれたのです。

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アコースティックギターはこのイラストを見ればわかるようにロックというよりはどちらかというとゆずやコブクロのような感じで僕のやりたかったジャンルとは違うので最初は不満を持ちながら、しかしギターを買ってもらえたことが嬉しくて毎日何時間も弾いていました。初心者がつまずく壁と言われているFコードもすんなりと弾けた僕は来る日も来る日も楽しくギターを弾いていました。

これが僕とギターとの出会いです。

ジミ・ヘンドリックスという男

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そして僕のギター人生を語るうえで欠かすことができないのがジミ・ヘンドリックスというギタリストについてです。

彼は1942年の11月27日生まれ、アメリカ出身のギタリストです。

彼も最初はアコースティックギターから始めたそうでそれを知った当時の僕はとても嬉しく思ったのを覚えています。

窃盗を働き軍隊に入れられた彼は戻りたいがために同性愛者のふりをして除隊になるなどかなりのエピソードをいくつも持ってます。

そして1966年から活動した彼は瞬く間に有名になっていきます。

ギターを歯で演奏したり燃やしたりするのはギタリストの間でも有名です。

また彼は右利き用のギターの弦を反対に張り左利き用のギターにして使っておりジミ・ヘンドリックスフォロワー達はわざと左利き用のギターの弦を張り替えて右利き用にして使ったりもします。

当時、生産中止のうわさも出るほど売れ行きが悪かったフェンダー社のストラトキャスターというギターをジミが使うことで人気が急上昇して巻き返したという伝説もあります。

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fender ストラトキャスター

ジミはストラトキャスターに搭載されているシンクロナイズドトレモロというアームでビブラートをかけられるユニットの使い手でもありそれまでは軽くビブラートをかけるだけにしか使われていなかったトレモロを思いっきり揺らし世界中のギタリストに衝撃を与えました。

また、フェンダー社の創業者であるレオフェンダーが「あれ(トレモロ)はあんな風に使うものではない」と激怒したという逸話も残っています。

そんな偉大なギタリストであるジミ・ヘンドリックスは1970年の9月18日に27歳という若さで亡くなってしまいました。活動期間はわずか三年ほどでした。彼がいまも生きていたら音楽シーンは全く別のものになっていたかもしれません。

念願のエレキギター

そしてジミ・ヘンドリックスに憧れてギターを初めて一年ほど経った頃、お年玉やお小遣いを貯めて念願のエレキギターを買いました。

フジゲンという日本のメーカーのストラトキャスタータイプです。

こちらがそのギターです。

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なぜストラトキャスタータイプにしたか。その理由は勿論ジミ・ヘンドリックスが使っていたからです。

エレキギターはその名の通り弦の振動をピックアップと呼ばれるマイクを使って拾い電気的に信号を増幅させてアンプと呼ばれるスピーカーから音を出すのですが先ほどのジミ・ヘンドリックスの動画のような音はアンプのボリュームを最大まで上げて中の真空管を痛めつけて初めて出るのですがそうすると近所迷惑どころじゃない大音量になってしまうのでエフェクターという機械を使います。そうすることで音量を絞ったままロックな音が出るのです。

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これがエフェクターです。この機械を使えばロックな音以外にもやまびこのように響かせたり同じ音を繰り返し流したり出来ます。

始めはただエレキギターを弾いていた僕ですがだんだんとエフェクターが欲しくなり、お小遣いを貯めて買ったりしていました。

しかし中学生のお小遣いには限界があり限られた機材の中でやっていました。

そして高校生に

高校生になった僕はまた野球部に入りました。

僕が通っていた高校は有名なプロ野球選手を輩出しており毎年ある程度は勝ち上がる強豪校と言っても良いような高校でした。

毎日練習がとても大変で辞めたくなることもなんどもありました。

しかしそんな時は夜遅く練習後に家で弾くギターが僕の支えになっていました。

しかし学年が上がるにつれだんだんとギターを弾く時間が無くなってきました。

そして練習から帰ってきても疲れてギターを弾く時間が取れないことが多くなりました。そんな日はすぐに寝て疲れを取るようにしていました。

僕は今もそうなのですがギターを始めた当時から「ギターを練習する」という言葉が嫌いでした。ギターは楽しく弾くものであって練習するようなものではない。と思っているのです。これには賛否両論あるでしょう。

僕個人の意見としてはこうなのです。(しかし今までやりたい曲だけをやってきた結果、練習するという概念がなくマイペースにやっていた僕は大学に入って組んだバンドメンバーの子に「向いてないから辞めれば?」と言われてしまいました。さすがに反省したので最近は難しいテクニカルフレーズもやるようにしています。)

そんなこんなで最後の夏、野球部を引退した僕は以前のようにギターを弾く時間をたくさん取れるようになり、またアルバイトも始めたので機材を揃えて悦に入ったりしていました。

自己推薦で大学が決まった僕は秋前にはすでに受験勉強から解放されておりギターを弾く毎日に戻っていました。

そして大学へ

季節は巡りあっという間に大学生になった僕は念願だった軽音部に入部しました。

そこで出会った友人たちは高校でも軽音部だった者が多くスタジオやライブでの動きがスムーズで驚いたのを覚えています。

初ライブはかなり緊張しましたがなんとか無事成功に終えることが出来ました。

最後に

ギターを始めたきっかけを書くつもりだったのですがなんだか僕の今までの人生を語ったかのようななんとも言えない満足感のようなものを感じています。

これを見て一人でも多くの人にギターを手に取ってもらえたら嬉しいです。

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